Sep 16, 2009

シミ予備軍の予備的な状態に保つ方法

私は肌は綺麗な方で、汚れもほとんどありません。も最新の機器、将来出てくるシミ予備軍までスキャンされて知っている時代です。それをする勇気がないほど、今までずさんな管理をしていた自覚しています。過去を振り返って後悔しても仕方がないので、今後の管理をどうするか考えています。まず、美白アイテムをソートしたいと思います。
カマキリに触れると、がんなるとことを聞いたことがないではないだろうか。実際にされているかわからないが、恐ろしいのほくろには触れないようにしている。もしそれが事実なら、考えると怖いからとなってしまう。迷信かどうかわからないことは信じる人と信じない人に分けられるが、自分は信じている人にはあるのではないかと思う。
 県立新見高校総合ビジネス科の生徒が、新見市の観光グルメマップを作った。高校生が選んだ見どころ、味どころを紹介し「新見市の観光PRに一役買い、地域の活性化につなげたい」としている。
 マップはカラー刷りでA3判の大きさ。井倉洞(いくらどう)や鯉(こい)が窪(くぼ)湿原などの名所10カ所、おなじみの飲食店10店を一口メモを添えて写真付きで掲載。市内の地図で場所を表示した。
 作ったのは、総合ビジネス科3年の生徒9人。授業の課題研究で「古里を元気にしたい」との思いからマップ作りを企画した。
 4月から準備を始め6月に生徒を対象にアンケート調査を行い、掲載する名所や飲食店を絞り込んだ。
 リーダーの中山真莉奈さんは「高校生の視点でお気に入りの名所や飲食店を載せた。地域貢献の一環として取り組んだが、新見の魅力を再確認できた」と話している。【相見知伸】

2月28日朝刊

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 「人生 見逃しの三振をするな」
 センバツに県勢最多となる11回目の出場を決めた関西(北区西崎本町)にある石碑です。揮毫(きごう)は菊池三郎さん(1903〜1984)。同校初代の野球部OB会長を1921(大正10)年から34年間務め、野球部監督、関西学園理事長を歴任。理事長を退く直前の75(昭和50)年にこの文字を刻みました。「チャンスを的確につかめ。凡打でもミスを誘うことが起こり得る」。その思いを人生訓にしました。02年から6年間、日本高校野球連盟会長を務めた脇村春夫さんは春夏の開閉会式でいつも「見逃し三振はいけない」と言い聞かせましたが、まさに同じ思いでしょう。その関西野球を体現した2人のOBにお会いしました。
 投手の吉田和之さん(80)=北区西之町、写真左=とチームメートの内野手、小河原源太郎さん(79)=北区京山、同右。48(昭和23)年夏の大会はベスト8進出、翌49(昭和24)年のセンバツは中西太選手を擁する高松一(香川)に初戦で敗れましたが、夏、春それぞれの同校初出場メンバーです。
 「校名入りのプラカードを高々と掲げた小河原三塁手に続いて吉田主将の手には折からの春風にあふられた校章入りの眞紅の選抜旗がハタハタと……」。62年前のセンバツ開会式。小河原さんは今も記事を大切に残しています。「とにかく攻撃的なチーム。先攻をとれ。1打席でも多く立て。セーフティーバントで出て走り、二、三番で還せという野球でした」。菊池さんの精神にも通じるようです。
 吉田さんは「とにかく甲子園は広く感じました。ダイヤモンドも全然違うし、見るもの聞くもの、きつねにつままれているような感じ」と振り返ります。
 センバツの5カ月ほど前、チームは現在の瀬戸内市にあるハンセン病療養所、長島愛生園を訪れて大歓迎を受けますが、驚いたのは当時、ラジオ中継で選手一人一人の活躍が園の人たちによく知られていたこと。「各選手を場面ごとに本当によく覚えて……。園内で全部聴いておられたんでしょう」(吉田さん)
  ◇
 関西野球部の誕生は県内で最も古い1895(明治28)年。京都・同志社中から転校してきた谷本博が在校生に白い皮のボールを見せ、「ベースボールをやろう」と言い出し、同好者でチームをつくったと伝えられます。「野球」という訳語がまだ一般的ではない時代です。
 初代野球部長は英語教師の安部磯雄(1865〜1949)。のちに早稲田大教授に転じ、社会運動家としても知られますが、1901(明治34)年に早大野球部を創設。「学生野球の父」と呼ばれ、野球殿堂の創設(1959年)と同時に殿堂入りしています。
 安部が他界したのは関西がセンバツ初出場を決めた直後の49年2月10日。出場をとても喜んだと伝えられます。吉田さんらが臨んだ4月の開会式では安部の功績をたたえ、遺族に記念品が贈られました。不思議な縁を感じます。【岡山支局長・松倉展人】

2月28日朝刊

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